メキシコの“先輩”亀田和毅、パチューカ移籍の本田へ“愛される秘訣”語る【170716】

 

1 :2017/07/19(水) 06:55:31.64

 日本代表FWの本田圭佑(31)がメキシコの名門パチューカに電撃移籍し、サッカー界に衝撃が走った。そのメキシコで一足先に成功を収めた意外な人物がいる。プロボクシング亀田3兄弟の三男で元WBO世界バンタム級王者の和毅(26)=協栄=だ。約8年滞在し、メキシコ人女性とも国際結婚した和毅が15日、スポーツ報知の取材に応じ、メキシコで愛される秘けつを語った。

 メキシコには(07年夏の)15歳の時に単身で渡り、日本と往復しつつ、7~8年は滞在したな。金とパスポートと辞書だけ持って行って、初めは言葉が通じなくて苦労したよ。いまは治安は良くなったけど、夜中に銃撃戦とかあって怖い思いもしたかな。世間的にはそんなイメージなんだろうけど、メキシコって、めっちゃ、人情の国なんですよ。ラテン系の陽気な連中が多くて、特にサッカーは一番愛されてる。当時は中田英寿さんがテレビにも出ていたし、とにかく日本のサッカー選手はリスペクトされている。

 本田選手のパチューカは、俺がいたメキシコシティーから車で3時間ぐらいのとこで、メキシコでは一番のチーム。通訳も何もかもそろうんだろうけど、できれば、本田選手はスペイン語を覚えて、自分の言葉で、自分の気持ちを伝えるとサポーターに愛されるようになる。

 とにかく気持ちを大事にする国民性で、俺は「エルメヒカニート」(メキシコの少年)のニックネームまでつけてもらったし、一度認められると死ぬまでとことん応援してくれる。メキシコに渡って半年後に嫁さん(シルセ夫人、15年10月に結婚)と出会った時もまったく言葉が通じなかったけど、心で触れあえた。ほんと、神様からの贈り物ですよ。国民の8割がカトリック教徒で、実は俺も結婚する前に改宗した。ものすごく成長できたし、メキシコはいろんなことを教えてくれた。

 語学的には本田選手が話せるイタリア語と似てるし、すぐに話せるようになると思う。活躍して、自分の言葉で感謝を伝えれば「サムライ・ハポネス(日本人)」とか名付けらるかも知れないですね。(談)

 ◆亀田 和毅(かめだ・ともき)1991年7月12日、大阪市西成区生まれ。26歳。8歳からボクシングを始め中学卒業後の07年夏に15歳でメキシコに単身武者修行。08年11月にメキシコでプロデビュー。13年8月にWBO世界バンタム級王座を獲得(3度防衛後返上)。15年10月に元アマチュアボクサーで3歳年上のシルセ夫人と国際結婚。33勝(20KO)2敗。身長171センチの右ボクサーファイター。

7/16(日) 5:03配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170716-00000011-sph-socc

 

14 :2017/07/19(水) 07:09:23.30

本田さんもイタリアで沢山ニックネームもらって愛されてたな

 

16 :2017/07/19(水) 07:10:43.92

> できれば、本田選手はスペイン語を覚えて、自分の言葉で、自分の気持ちを伝えるとサポーターに愛されるようになる。

本田が一番苦手な点じゃないんだろうか…

 

18 :2017/07/19(水) 07:12:44.79

亀田和毅のスペイン語

 

20 :2017/07/19(水) 07:16:28.35

>一度認められると死ぬまでとことん応援してくれる。

嫌われたら本当容赦なさそう
そしてそうなる可能性が高い

 

31 :2017/07/19(水) 07:27:26.53

>>18
本田がこのレベルのスペイン語を習得するのは無理だな
あれだけ長くいたいのにイタリア語話せなかったしね

 

46 :2017/07/19(水) 07:52:49.12

人情の国だろうが敢えて孤立する本田さんには関係ない話だな

 

50 :2017/07/19(水) 08:03:53.16

亀田の方が本田より大人でインテリジェンスが高くて草w

 

51 :2017/07/19(水) 08:07:21.84

>語学的には本田選手が話せるイタリア語と似てるし、

イタリア語話せれたら
ミランでの扱いももうちょい変わってたかも

 

52 :2017/07/19(水) 08:08:49.62

>>50
そらこんな人生送ってきた人間やし

 
・料理も洗濯も一度もしたことなかったから、家でどうすればいいか分からなくて混乱した。コンビニでパンを買ったら不味くて吐いてしまった。だからインターネットで料理の作り方を見て毎日自炊した。スーパーでは値札も会話も全部スペイン語で分からなくて店で泣いてしまった。
・治安が悪くて何人も死体を見てきた。友達も殺された。怖くて家から出たくなくてこっちでも引きこもってしまった。鬱病の一歩手前まで行ってしまい、毎晩ベットで泣きじゃくった。食べれないし混乱状態で修業どことではなかった。
・やっとスペイン語を少しだけ話せるようになって、友達が何人か出来た。友達が困ってたらなんでもした。家事や掃除も手伝った。歳はみんな違ったけど、一緒に笑顔で話せることが幸せだった。
・試合でも計量時間を平気で遅らされたり、何時間も試合時間を延滞させられた。夜中になって初めて「闘ってこい。さっさと行け!」と向こうの人に言われたりで、必死にメキシコのルールに順応しようと頑張った。
・今でも死の恐怖がときどきフラッシュバックする。「日本は安全だ」なんて絶対に信じない。
・親父の問題(ライセンス停止)があったときは、「お前は関係ない」とみんなから遠ざけられた。俺を守ってくれてたのは分かるが、俺も同じ家族やし一緒にいたかった。でも親父や兄ちゃんは絶対にそれを許してくれなかった。

 

53 :2017/07/19(水) 08:14:04.05

ここまで経験に基づいた立派なコメントが出来る青年はめったにいない。

 

54 :2017/07/19(水) 08:21:14.23

三男は修羅場くぐってきたからな。
応援してるわ

 

72 :2017/07/19(水) 10:30:06.94

>>50
ボクシングは個人競技だからな
ダイレクトに自分に返って来るから逃げ場が無い

 

引用元:http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/mnewsplus/1500414931/