川口能活 清商時代のベストゲームは城彰二を擁する鹿実とのあの名勝負【170104】

2017年1月9日

1 :2017/01/04(水) 20:45:22.36

 川口能活、41歳。彼のサッカー人生は、言い換えれば、日本代表の“世界挑戦”の歴史と重ね合わせることができる。絶対に負けられない戦いのなかで、彼はどんなことを考えていたのか。「川口能活クロニクル」と題した、日本サッカー界のレジェンドが振り返る名勝負の知られざる舞台裏――。今回は特別編として、「高校選手権ベストバウト」をお届けする。

第6回:1993年度 第72回大会 高校サッカー選手権
清水商 vs 鹿児島実

■高校時代のライバルは鹿実と城彰二

 高校時代のベストバウトを選ぶとしたら、やはり最後の選手権です。とくにベスト4で戦った鹿児島実との一戦は、本当に思い出深いです。

 高校時代のライバルは鹿児島実であって、城彰二でした。

 鹿児島実とは1年の時の選手権でも対戦しました。ゾノ(前園真聖)さん、藤山(竜仁)さん、遠藤(拓哉)さん、仁田尾(博幸)さんらがいて、3回戦で戦ったのです。僕たちがオウンゴールで先制したのですが、その後、ゾノさんに2ゴールを奪われ、1対2で負けました。国立競技場に辿り着くことができなくて本当に悔しかったのを覚えています。

 2年の時は、選手権の地区予選で敗退しました。静岡では静岡学園、藤枝東、清水東が強くて、結局、僕たちは準々決勝で藤枝東に1対3で敗れました。そして最終学年を迎えた翌年、どうにか5大会ぶりに静岡に優勝旗を持ち帰ることができたのですが、それまでの道のりは本当に険しいものでした。

 高校の3大タイトルと言えば、インターハイ、全日本ユース、選手権。いずれの舞台でも、僕たちの前に立ちふさがってきたのは、鹿児島実だったのです。

 インターハイでは準決勝で対戦し、試合を支配していたのは僕たちだったのですが、カウンターから4発決められて1対4の大敗でした。全日本ユースでは決勝で対戦して、スコアレスのまま延長戦にもつれ込み、(佐藤)由紀彦のゴールで1対0で勝ちました。通算成績は1勝1敗。いよいよ選手権で決着をつける、という感じでした。

■鹿実との決着の舞台は国立競技場

 3度目の対戦となった鹿児島実との最終決戦の舞台は、国立競技場でした。

 鹿児島実は盛岡商(3対0)、四日市中央工(2対0)、武南(1対0)、神戸弘陵(2対0)と、清水商は1回戦シードから洛南(2対0)、鵬翔(3対0)、福山葦陽(3対0)と対戦しました。両チームとも無失点で勝ち上がって、ベスト4で顔を合わせたのです。

 下馬評は五分五分でしたが、この年の鹿実は最強でした。前線には(城)彰二がいて、中盤にはアキ(遠藤彰弘)、大会得点王になった野見山(秀樹)がいて、1年の平瀬(智行)もいました。

 なかでも、彰二の存在は別格でした。シュート、パス、ヘディングと、どれをとっても高校レベルを超えていて、大会ナンバー1のストライカーでした。

 彰二とは中学時代からライバル意識する関係でした。中学3年にはジュニアユース代表でプレーし、高校3年の時にはお互いに“飛び級”という立場で、ユース代表に選ばれました。代表チームではいつも一緒の部屋で、サッカーだけでなく、いろんなことを話しました。チームに帰れば、全国大会で彰二と対戦するのをいつも楽しみにしていて、お互いにキャプテンマークを巻いて、憧れの国立競技場に立てた瞬間は幸せでした。

■ここで負けたら静岡に帰れない

 前半、僕たちは風下に立ちました。鹿児島実が1試合多く試合をしていたので、後半は疲れるだろうと読んで、前半耐えて後半勝負、というイメージをもって試合に臨みました。

 清水商は県予選から本大会の準々決勝まで、11試合連続無失点で勝ち上がってきました。守備には自信があったのですが、前半21分に警戒していたセットプレーから先制点を奪われたのです。とはいえ、鹿児島実が相手でしたから、無失点で抑えるのは無理だろうな、とは思っていました。

 彰二へのマークは徹底していました。大滝監督からは「城彰二に絶対に点を入れさせるな」と言われていたのですが、ゴールこそ決めさせなかったものの、その先制点は彼のバックヘッドから生まれたものでした。味方にしたらこんなに心強い選手はいないのですが、敵に回したら本当に怖い存在でした。

 前半終了間際、藤元(大輔)のゴールで追いついたものの、後半が始まってすぐにまた失点してしまいます。左コーナーキックからのヘディングシュート。やはりセットプレーからでした。

 しかしその後、2ゴールを決めた野見山が左足首を捻挫して交代したのをきっかけに、僕たちに流れが傾いてきました。怒涛の攻撃を見せて、後半23分に小川(雅巳)が同点ゴールを決めて、PK戦に突入したのです。

 ここで負けたら静岡には帰れない、と思っていたから、絶対に止めてみせるという強い気持ちで臨みました。鹿児島実の先行で全員が成功するなか、4人目のキックを止めた瞬間、思わずガッツポーズしました。その後、全員がミスなくキックを決めて、鹿児島実との3度目の勝負を制したのです。

■一発勝負だからこそ勝負強さが養われた

 いま振り返っても、選手権は本当に特別な場所です。

 小さい頃から憧れていた舞台で、そのために僕は清水商に入学しました。当時はまだJリーグがなく、多くのサッカー少年の目標が選手権という時代。全国中継されていた選手権はまさに“花形”でした。あそこで日本一になることを夢見ながら、高校3年間、ほとんど毎日のように朝昼晩と3部練習してきました。まさに青春時代をサッカーに捧げたと言っても過言ではありません。

 ただ、清水商のある静岡はサッカー大国と呼ばれる激戦区でした。清水商のほか、藤枝東、清水東、東海大一、静岡学園、浜名ら、全国レベルの強豪チームがたくさんいました。

 そうしたなか、僕は高校1年と3年の時に選手権に出ることができたのですから、清水商を選んで本当に良かったと思いますし、1年の時から試合に使ってくれた大滝監督には感謝しかありません。最後の選手権では、鹿児島実を破った後、国見との決勝(2対1)に勝って優勝できて、少しは恩返しできたのかなと思います。

 選手権は負けたら終わりの“一発勝負”のトーナメント戦。そのうえ、地元の大きな期待を背負っていましたから、優勝しないことには堂々と帰って来られませんでした。実際、1年時の選手権で、3回戦で敗れた際には夜中に帰ってきたくらいでした。あらゆるプレッシャーを受けながらプレーしていたからこそ、間違いなく勝負強さは養われたと思います。その後、結果がすべての“プロの世界”を生きていくうえでも、選手権での経験は大きな財産になっています。

■参考資料

1993年度 第72回大会 高校サッカー選手権
1994年1月7日@国立競技場
清水商 2(5PK4)2 鹿児島実
[得点]清=藤元(前半39分)、小川(後半23分) 鹿=野見山×2(前半21分、後半3分)

清水商メンバー●GK1川口能活、DF2加藤泰明、5田中誠、4小川雅巳、14新村真一、MF6鈴木伸幸、8伊藤亘、12佐藤由紀彦、FW9藤元大輔、10安永聡太郎、3鈴木悟
監督●大滝雅良

鹿児島実メンバー●GK17田之脇和仁、DF8横山博敏、5藤崎義孝、3福永周平、2馬渡敏彦、MF6脇田幸男、10遠藤彰弘、7野見山秀樹(→55分15牛鼻健)、FW14平瀬智行、9城彰二、19毛井隆樹
監督●竹田順数

■プロフィール

川口能活プロフィール
かわぐち・よしかつ/1975年8月15日生まれ、静岡県出身。180センチ・77キロ。清水商高卒業後、横浜入り。その後、ポーツマス(イングランド)、ノアシャラン(デンマーク)、磐田、岐阜を経て、現在J3の相模原でプレー。4度のワールドカップ出場を誇る日本を代表するレジェンド。プロ24年目。
☆SC相模原オフィシャルHPはこちら
→http://www.scsagamihara.com/

http://www.soccerdigestweb.com/news/detail/id=21671

 

3 :2017/01/04(水) 20:49:49.91

この試合かな
http://f.xup.cc/xup3reoepkz.jpg

 

6 :2017/01/04(水) 21:10:05.71

高校生同士の試合でこれだけの知ってる名前があるって凄いね

まぁユースが育ってない時代だからな
育成は高体連におんぶに抱っこ状態だった

 

7 :2017/01/04(水) 21:26:54.72

あの大会の城の30メートル超絶ミドルは覚えてる
ビビった

 

9 :2017/01/04(水) 22:03:13.00

PKでセットしたボールが強風で転がってやり直しになったんだよな
あの瞬間、鹿実の負けを予感した人が多いと思う

 

11 :2017/01/04(水) 22:52:50.06

野見山鹿実の中では異色のいい選手だったな

 

12 :2017/01/04(水) 22:58:12.70

川口が3年のときは強かった
そのため、山田暢久率いる藤枝東は新人戦・インターハイ・選手権の県内三冠の決勝戦で全て負けた

 

http://ux.nu/ajxdY