どん底の森崎浩司を救った、森保一監督とふたりだけの早朝ランニング【161103】

1 :2016/11/03(木) 21:08:24.50

 今シーズンかぎりでの現役引退を決意したサンフレッチェ広島のMF森崎浩司には、これまでのキャリアのなかで、双子の兄・森崎和幸とともに、感謝したい人がいた。その人こそ、現監督の森保一である。10分間の引退スピーチでは語ることのできなかった、森保監督との知られざるエピソードとは……。

 あれは、サンフレッチェ広島がJ1連覇に向けて戦っていた2013年シーズンのことだっただろうか。前年に森保一監督が就任し、J1初優勝の瞬間を双子の兄・森崎和幸とともにピッチで迎えた森崎浩司のキャリアは、まさにその人生において最高潮にあった。

 ただ、チームがJ1連覇を達成した2013年シーズン途中、浩司はケガがきっかけとなってコンディションを崩すと、ふたたびオーバートレーニング症候群に陥った。そして、ついには練習にも行けなくなり、休むようになった。本人が当時をこう振り返る。

「J1で初優勝したシーズンは、まったく疲れを感じない状態だった。それ以前もコンディションを崩して1年近く試合に出られない時期があったけど、あんなに苦しい経験をすることは、もうないだろうという思いが自分のなかにはあった。まさに、それが過信でした」

 2005年に初めてオーバートレーニング症候群の兆候が現れてから、これで何度目の離脱だろうか……。ひどいときには日常生活はおろか、生死の縁を彷徨(さまよ)ったこともある。それだけに、ふたたびピッチに戻るのは難しいのではないかと、朦朧(もうろう)とする頭のなかで考えていた。

「自分としては、そのときも”引退”の二文字がチラついていた。同じ症状になるカズ(和幸)には、どん底に落ちる前から『今の状態が普通だと思え』って言われていたのに、それを僕は受け入れられなかった。身体もどんどんしんどくなっていくから、今回はもう、ちょっと無理だろうなって思っていた。正直、本音を言えば、あきらめていた部分もありました」

 ただ浩司は、妻に「そこで休んだら本当に終わっちゃうよ」と言われ、重い身体を引きずりながら、自宅近くをランニングすることだけは続けていた。そこには「自分の意志はなく、周りの人の支えや助けがあったから走ることができた」と振り返る。

 そんな浩司を支えてくれたのが、妻や兄・和幸とともに、チームを率いている森保監督だった。あるとき浩司は指揮官から、「何かあったら、いつでも相談に乗るからな」と言われた言葉を思い出した。そこで森保監督に電話をすると、思い切ってお願いしたのだ。

「森保さん、朝、一緒に走ってもらえませんか?」

 体調や気分がすぐれないため、チームメイトには顔を合わせづらい。むろん、全体練習に参加できる状態にもない。だから、他の選手たちが練習場に来る前にグラウンドを走ろうと考えた。ただ、ひとりではきっと続かなくなる。さすがに練習がある兄・和幸には頼れない。悩んだ末に浩司が救いを求めたのが、他でもない森保監督だった。

「いくらでも付き合うよ」

 指揮官は明るく答えてくれた。それから浩司と森保監督は、午前10時から始まる全体練習より3時間も前にグラウンドで待ち合わせると、30分間のランニングをともにした。そこでは、こんな会話をしていたという。

「サッカーの話はあまりしなかったかもしれないですね。『今日はいい表情してるね』とか、走っているときは『浩司のペースが速いから、俺のほうが遅れちゃいそうだよ』とか、『もし早く走れるなら先に行っていいよ』とか……。今、考えると、僕をうまくコントロールしてくれていた。僕の走るスピードが上がれば、『いつでも復帰できるくらいだな』って、とにかくポジティブになれる言葉をずっとかけ続けてくれました」

 体調がすぐれないときもあった。天候が悪く行きたくないと思うこともあった。それでも……、「森保さんが練習場で待ってくれているから、一緒に走ってくれるから、僕の足は毎朝、練習場に向いたんです」と話す。

 少しずつ体調が回復し、全体練習に復帰した後も、森保監督は浩司の心の声に耳を傾け続けた。練習を終えたグラウンドで声をかければ、芝生の上に腰を下ろし、気が済むまで話に付き合ってくれた。ふたりだけの青空ミーティングは1時間では終わらず、長いときには2時間に及ぶこともあったという。

 浩司自身もわかっていた。自分の体調不良が理由で練習を休んでいる選手に、チームを束ねる指揮官がそこまで付き合う義理がないことは……。しかも、これはシーズン中の話である。ただでさえ監督は、練習メニューの考案や次の試合に向けた準備で忙しい。それにもかかわらず、一度も嫌な顔を見せることなく、森保監督は付き合ってくれたのだ。

「森保さんが監督だから、復帰するのは難しいと考えながらも、もがいたんだと思います。僕がまたピッチに立つことができたのは、監督の支えがあったからだと思っています」

 浩司は引退を決意した今シーズンも、何度も、何度も森保監督に相談をしていた。そこには双子の兄・和幸と同じように、すべてを打ち明けられる関係性が築けていたのだろう。

 今シーズンの公式戦初先発となった、9月4日のルヴァンカップ準々決勝・ガンバ大阪との第2戦。後半7分、得意の直接FKからゴールを決めたとき、本人は「無意識だった」と振り返ったが、浩司はベンチに向かって走っていた。途中でチームメイトに抱きつかれたが、きっと自然に指揮官のもとへと足が向いていたのだろう。

 正式に引退することを森保監督に報告したのは、いつものように、青空の下だった。いつものようにふたりで芝生に腰を下ろすと、こう伝えたという。

「いろいろ考えましたけど、今シーズンで引退することに決めました。俺、自分にとって最後の監督が森保さんでよかったです」

 指揮官は、「目にゴミが入っちゃったな」と言って、目をこすりながら笑ったという。

 10月29日、アビスパ福岡とのホーム最終戦を終え、浩司の引退スピーチを見届けた森保監督は、彼についてこう語った。

「これからの彼の人生のことについて言えば、どんな困難や壁に立ちふさがれようが、それを乗り越えていけると思う。自分らしく受け止めながら、苦しいこともやり過ごしていける力を身につけてきたと思う」

 広島で生まれ育ち、ユースから数えれば20年、プロになってから17年を広島ひと筋で過ごしてきた。地元で生まれ育った選手が、育成組織を経て、地元のクラブでユニフォームを脱ぐ――。その軌跡は、彼ひとりだけのものではなく、サンフレッチェ広島というクラブ、さらにはJリーグの功績ともいえる。まさに、1992年に産声を上げたJリーグが紡(つむ)いできた”ひとつの結晶”だった。

 どうしても聞きたいことがあったから、浩司がスタジアムを出るときに呼び止めると、最後に話しかけた。

「ホーム最終戦は楽しめたの?」

 すると、彼はこう答えた。

「スタジアムに入る前までは、地に足がついていなかったんですけど、サポーターのコールを聞いたら、自然とスイッチが入りました。自分でもまさかゴールを決められるとは思っていなかったし、試合に出たらやっぱり勝ちたいという思いは沸いてきましたけど、楽しかったし、カズとのパス交換も含めて、ひとつひとつのプレーを楽しみました」

 その言葉を聞いて、ようやく彼は苦しみから解放され、子どものころのようにサッカーを楽しめたのかと思い、こちらも笑顔になれた。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20161103-00010001-sportiva-socc&p=1

 

4 :2016/11/03(木) 21:12:15.96

ヴォースゲー

 

5 :2016/11/03(木) 21:12:25.91

( ;∀;) イイハナシダナー

 

6 :2016/11/03(木) 21:14:30.66

森崎兄は将来名監督になることを嘱望されてるが、森崎弟もわりといい指導者になるかもな

 

8 :2016/11/03(木) 21:17:04.15

森保って本当に素晴らしいモチベーターだな

新潟時代から凄く評価されてたけど

 

13 :2016/11/03(木) 21:24:45.61

他サポだけど泣くわ
いい関係だな
お疲れさま しばらくゆっくりしてください

 

16 :2016/11/03(木) 21:41:33.55

本当に感動したわ
森保いい監督だな
というか人としてすごい
チャンピオンシップのときのインタビューで
「明治安田生命チャンピオンシップ優勝できました!」ってスポンサーに配慮したけどあの状況で中々できないよ

 

20 :2016/11/03(木) 22:03:12.51

最終的には人間としての力が大事なんだな。

 

23 :2016/11/03(木) 22:23:47.12

森崎兄弟の病気の話は毎回泣いてまうけどやっぱりまた泣いた
けどミシャに森保に家族チームメイトと理解者に恵まれてよかった

 

9 :2016/11/03(木) 21:17:15.00

兄弟2人とも鬱病だったのか

 

12 :2016/11/03(木) 21:24:36.63

>>9
どんな呪われた血族なんだよ・・・

 

25 :2016/11/03(木) 22:32:12.37

>>9
難しい話だが、弟コウジが陥ったオーバートレーニング症候群も、兄カズの慢性疲労症候群も決して鬱病では無い事を理解してほしい。
鬱病は心、つまりメンタル的な所から来る病気だが、この2人はある日突然、それまで何の前触れも無く、しかも2人とも同じ時期にそれぞれ病気になったんだ。
例えば、昨日まで何ともない体が急に立ち上がれない程しんどくなる。
酷い時には寝たきりになり、呼吸が乱れ、目を開ける事すら困難な状況に陥ってしまう程の難病なんだ。
森崎兄弟はその余り辛さから、サッカー選手を辞める事どころか、真剣に自ら命を絶つ事を考えたんだ。
愛する我が子さえ抱けない、笑う事も泣く事もできず、その一切の感情を失ったんだ。
慢性疲労症候群は古くから原因不明とされてきたが、近年では一種のウイルスによる物では無いかといった研究結果も発表されているが、
まだまだその全容及び明確な治療法は解明されていない。

 

http://ux.nu/KpVSz