復活の宮市亮が2度見せた涙の理由「ちょっとうるっとしちゃいました」【160520】

2017年4月6日

1 :2016/05/20(金) 21:27:49.36

 つぶらな瞳がみるみる間に潤んでいった。軽快に話していたはずが、言葉に詰まる。

 大手地元紙のザンクトパウリ担当が忌憚のない調子で、それでも少しは気を使いながら「僕は眼鏡をかけているから見えたんだけど、1点目を取った後、君の目には涙が浮かんでいたよね」と尋ねた時だった。宮市亮は、そうなんだよねと言わんばかりに笑い、そして話し始めたが、それは涙声だった。

「エモーショナルなことだったんです。難しいシーズンを送ってきたから。でもチームのためになれて幸せ」

 宮市よりはるかに大柄なそのドイツ人記者は微笑みを浮かべ、ねぎらうように肩を叩いた。

 ブンデスリーガ2部の’15-’16最終戦、ザンクトパウリ対カイザースラウテルン。シーズン初先発した宮市は同点弾を含む2ゴール1アシストで、5-2の勝利に貢献した。長らく怪我に苦しめられてきた宮市が、ようやくスタートラインに立った日だった。

 宮市は2010年末、18歳になった直後にアーセナルと契約し、19歳で日本代表に選出された。だが華々しい実績と注目、知名度とは裏腹に、そのプレーする姿が幻と言いたくなるほど、その後長い期間表舞台から遠ざかっていた。

4シーズンでのべ6チームに在籍する流浪生活。

 2011年前半、つまり’10-’11シーズンの後半はアーセナルからのローンでオランダ・フェイエノールトに在籍。この時はデビュー戦でゴールするなどし、’11-’12シーズンはアーセナルに呼び戻されることになる。半年間のアーセナル滞在の後は、ボルトンへ再びローン。

 ’12-’13シーズンはアーセナルに戻ることなく、今度はウィガンへ1年間のローン移籍。この年の終盤に右足首靭帯を負傷し、’13年春には手術を受ける。欧州での4シーズン目となる’13-’14シーズンは1年を通してアーセナルに籍をおいたがプレー機会は少なく、年明けに今度はハムストリングを負傷。

 次の年は、オランダのトゥエンテへ再びローンで出されたが、トップフォームは取り戻せないまま若手主体の二軍チームでの調整、プレーが続いた。

「ちょっと、うるっとしちゃいました」

 つまり、欧州に来て評価に値する結果を残したのは、最初のフェイエノールトでの半年間だけ。その後は負傷に悩まされ、半年か一年おきにレンタルに出されてのは活躍できないという繰り返し。負傷だけでなく、4シーズン半で延べ6チームでプレーするという、普通に考えればかなり難しい状況に置かれたのちに、アーセナルとは契約は終了した。

 ’15-’16シーズンはドイツ2部のザンクトパウリにフリーで加入し、心機一転立て直そうとした矢先のプレシーズンマッチで、今度は左膝前十字靭帯断裂。開幕を前に「今季絶望」と告げられた心境は想像するだけで辛い。

 それでも、リハビリを経てこの4月からは途中出場を4度繰り返し、迎えた最終戦だった。2日前の練習からこの日の先発は予測していたと言い「昨日は全然、眠れなかった」中で迎えた一戦だった。

 途中出場を繰り返してきていたといえども、ブランクは長く「フィットネスは整わなかった。やってても90分は無理だと思った」という状態でのプレー。得点に涙しても致し方あるまい。

「そんな風になると思ってなかったんですけど、なんかわかんないですけどちょっとこみあげて来るものがあって、ちょっと、うるっとしちゃいました」

得点者よりも熱烈に祝福された宮市。

 印象的だったのは宮市がアシストしたこの日の2点目だった。4分にカイザースラウテルンに先制を許し、1分後に宮市が同点弾を決めて迎えた22分の逆転ゴールだった。だが、チームメイトは得点者のティへの祝福はそこそこに、クロスを挙げてアシストをした宮市の元へと駆け寄った。1年間の苦労を見てきたチームメイトたちとの暖かな光景がそこにはあった。

「19歳でウィガンに行ってから、怪我に苦しめられてなかなか点が取れなくて。ローン先でも結果が出なくて、ここ(ザンクトパウリ)で結果を出そうという思いできたのに怪我をしてしまって、本当に苦しかったなと。でも、本当に自分を信じてやり続けたのが、今回結果としてでたのが良かったです」

復活と言ったって、1992年生まれのまだ23歳。

 宮市はここから、という時ではあるが、シーズン最終戦だ。

「僕にとっては始まっただけ。次につながれば。今季が終わるのは寂しいけど、キャリアは続く。このゴールが来シーズンにつながればよいかなと思います。試合経験が大事だなとこの5年間、海外で感じているので、ここからやっていければと思います」

 まずは来季の継続的な活躍を誓う。

 期待され続けた男の鮮やかな復活劇。復活と言ったって、’92年生まれのまだ23歳だ。明るい未来が開けていることは間違いない。

http://number.bunshun.jp/articles/-/825718

 

2 :2016/05/20(金) 21:32:07.54

いろいろつらかってんな
男の涙って素敵やん

 

5 :2016/05/20(金) 21:33:41.39

まだ23か
この歳でいろいろ経験しすぎだもんね

 

16 :2016/05/20(金) 21:54:49.05

永遠の若手だと思ってたけど
W杯、CL、ブンデス、プレミアで得点を量産してるフンミンと同い年じゃねーか…

 

21 :2016/05/20(金) 22:14:24.86

>>5
まだ23なんだけど、世界の市場からするともう23なんだよな
ポジションやプレースタイルからするとこれから3年くらいが勝負か

 

23 :2016/05/20(金) 22:46:50.34

たしかクローゼは23歳くらいのときは、まだドイツ3部でプレーしてた
怪我が問題ないならまだまだ期待できるって
ガンバル宮市を応援したい

 

24 :2016/05/20(金) 22:58:01.75

>>23
宮市のプレースタイルだとあと4~5年がピーク

 

28 :2016/05/20(金) 23:48:03.28

>>24
もう宮市は爆走スタイルやめてしまった
昔の宮市はもういない

 

32 :2016/05/21(土) 00:41:50.54

期待したらショックが大きいから、期待しない事にした

 

33 :2016/05/21(土) 01:26:59.22

素直に喜べない。期待は大だが次に大怪我したら、終わりな気がするから。

 

38 :2016/05/21(土) 12:40:42.22

とりあえず2部で無双して1部にステップアップできるようにがんばれ。

 

39 :2016/05/21(土) 12:56:15.66

これまでの活躍を思い返すと、やっぱり四大2部相当リーグが相応なんだよな
とりあえず無理せず実績挙げてほしい

 

http://ux.nu/v4m2f