川口能活をJ3相模原移籍に導いた先輩からのオファーと胸を打った言葉とは【160127】

2017年4月5日

1 :2016/01/27(水) 20:51:45.92

「自分を必要としてくれるクラブがある。それだけで嬉しかった」

「今年で41歳になる川口能活です。能活と呼んでください」

 1月21日、J3のSC相模原に移籍した元日本代表GKの川口能活が新たなスタートを切った。チームに初合流した練習前、彼は屈託のない笑顔を見せながらチームメイトとなる仲間たちに対し、自己紹介をかねて挨拶を交わした。

 プロ生活23年目。日本サッカー界をリードしてきた男はなぜJ3の相模原を選んだのか。

 決断の背景には、ある人間の存在が大きく影響している。その人物とは、望月重良。相模原の代表取締役会長である。

「どうしても(川口)能活の力を貸してほしかった。彼のキャリアは素晴らしいし、とても価値があるもの。彼がいるだけで、チームに活力を与えてくる。彼が与えるメリットは計り知れない。だから僕は去年の夏に連絡を取ったんです。怪我で離脱していた時期でしたが、その近況確認をかねて、現役を続ける意思があるのか。そしてもしあるなら、ぜひうち(相模原)でプレーしてくれないかとね」

 正式なオファーではないものの、望月のラブコールは川口にとって素直に嬉しいものだった。
「岐阜との契約がありましたが、来年の契約延長のお話はまだもらっていませんでしたし、来年プレーできるクラブがあるのかということを考えるとすごく不安でしたから。自分を必要としてくれるクラブがある。それだけですごく嬉しかったです」(川口)

 11月23日のホーム最終戦、福岡戦で川口は約7か月半ぶりにスタメン復帰を果たした。想像以上に長引いたものの、ピッチに立った時の気分はやはり爽快だった。決して本調子ではないものの、身体のキレさえ戻ればまだまだできるという感覚も掴めていた。

 しかし4日後、岐阜から契約延長のオファーはなく、今シーズン限りでの退団が発表された。事実上の戦力外通告である。

 そのニュースを聞いて、望月はすぐに川口の携帯電話を鳴らした。当時の状況について望月は細かく説明する。
「夏以降も、ずっと能活の情報は追っていました。岐阜との契約が切れたことは、能活にとっては決してポジティブな出来事ではありません。ただ、変な言い方ですが、我々にとっては願ってもないチャンス。すぐにオファーを出しました。数日待ってほしいと言われた後は、早く返事をくれないかなって、ずっと想っていました」

 そして12月25日、川口能活入団決定は相模原のオフィシャルホームページにて発表された。その日にリリースしたのは、望月の相模原サポーターへのクリスマスプレゼントという気持ちも込められていたという。

入団の決め手は「ひと花咲かせてほしい」。

 川口と望月。ふたりの出会いは少年時代まで遡る。

 じつは望月にとって川口にオファーを出したのは今回が初めてのことではない。今から25年前にも、川口にラブコールを送ったことがある。

「僕が高校2年の時、大滝(雅良)監督から『川口能活を口説いてこい』と言われたんです。中3だった彼に会いに行って、清水商(現・清水桜が丘)に来ない?って誘ったんですよ。あのこと、能活は覚えているのかな?」

 25年前の出来事を、川口は覚えているどころか、望月よりもさらに鮮明に覚えていた。

「(望月)重良さんから声をかけてもらったのは、今でも覚えていますよ。ちょうどその時、静岡の選抜チームで中高合同合宿をしていた僕のところに来てくれたんですよ。憧れの高校でしたからすごく嬉しかった。今回もそれ以上に嬉しいですね。必要とされているクラブでプレーできる。それだけでモチベーションが上がってきますよ」

 当初、川口はJ3というカテゴリーでプレーすることはまったく考えていなかった。しかし、それでも彼の心を相模原入りへと傾かせたのは、やはり望月が獲得に動いてくれたからに他ならない。川口は言う。
「去年の夏、重良さんが電話をくれた時、今後のことについて少し話したのです。正直、引退という言葉も頭をよぎりました。でも重良さんは、このまま終わっていいのか? うち(相模原)でもうひと花咲かせてみないか――。この言葉を聞いた瞬間、僕の心は固まりました。今改めて振り返ると、あの言葉が決め手でしたね。この人のために全身全霊で頑張りたい、自分が持っているすべての経験をクラブに伝えたいって」

 望月がクラブとして川口に期待しているのは、その存在感の大きさだ。今年で41歳を迎える。新チームのなかでも、そのキャリアと合わせて年齢も突出している。

「年齢はネックにはならないのか?」

 あえてネガティブな質問を投げかけてみたところ、間髪入れず、望月はこれを一蹴した。
「我々は能活のことを戦力として獲得したのです。サッカーは年齢でやるものではありません。スタメンを決めるのはもちろん監督ですが、僕のなかでは能活は不動のスタメンです。他の誰よりも、実力とキャリアが違いすぎる。なにせワールドカップに4回出場したプレーヤーなんですから」

岐阜退団で芽生えた“このままでは終われない”との想い。

 川口は1998年のフランス大会から2010年の南アフリカ大会まで、4回連続でワールドカップの登録メンバーに名を連ねている。

 望月が言うように、ワールドカップに4回出場している選手は、世界広しと言えども、数えるほどしかいない。アントニオ・カルバハル(メキシコ) 、ローター・マテウス(ドイツ)が5度の出場を果たしているのがトップだが、日本国内で言えば、名古屋の楢崎正剛と並び、史上最多である。言い換えれば、川口のキャリアは、日本代表の世界挑戦の歴史とも重ねられるのだ。

 これまでに日本でふたりしか到達したことのないフットボール・プレーヤー。その価値を最大限に評価しているのが望月だった。自分のことを理解してくれる恩人のもとでプレーできる川口もまた、幸せな選手と言えるだろう。

「正直、岐阜での生活は決して満足のいくものではありませんでした。昨シーズンは怪我に泣いて6試合しか出られませんでした。岐阜で満足のいくシーズンを送ることができていたら、そのまま引退していたのかもしれませんし、こうして重良さんのもとでプレーすることもなかったかもしれないのですから。本当に人生って分かりませんよね」(川口)

「まさか能活が本当に来てくれるなんて思っていませんでした。中3の時に誘った時も”オーラ”がありましたけれど、今こうして見ても”オーラ”が違いますよ。J3というカテゴリーでプレーしてくれること自体、僕たちにとってもありがたいことですが、J3というリーグからしてもその存在は大きいです。今からリーグ戦開幕が楽しみで仕方がありません」(望月)

 偶然にもJ3の舞台で25年ぶりに再会を果たした川口と望月。ふたりのストーリーはどんな結末を迎えるのか。

「去年、岐阜を退団した時、“このままでは終われない”と思いました。やっぱりサッカー選手として完全燃焼できるまでプレーしたいですよね。世界を見渡しても、シュマイケルやファン・デルサルも、40歳くらいまでやっている。自分もそのくらいまでやりたいと思っていました。今、彼らと同じ年齢になって思うのは、サッカー選手でいられる幸せをただただ感じています」

 望月という最大の理解者のもと、まさに集大成のシーズンを迎えた川口。相模原というクラブで、彼はいかなるオーラを放ちながら、若いチームを牽引していくのか。背番号23の「最終章」に目が離せない。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160127-00010016-sdigestw-socc&p=1

 

5 :2016/01/27(水) 21:01:51.94

>スタメンを決めるのはもちろん監督ですが、僕のなかでは能活は不動のスタメンです。

これ断れる監督いないだろ
こんなんだろ
※2008年2月に自ら全額を出資して創設したSC相模原の代表に就任

今の正GKが神奈川1部の時に入団して関東2部に昇格、更に昇格して関東1部からJFL昇格で
その時にはベストイレブンみたいな選手だと入る川口側も大変そうだな

 

21 :2016/01/27(水) 22:21:56.07

トルシエ時代に右のWBやってた人?

 

22 :2016/01/27(水) 22:26:49.43

>>21
そうそうイケメン枠の人

 

19 :2016/01/27(水) 22:00:44.05

文丈
藤田
名波 山田
望月
平野
川口
安永 佐藤

この辺まで把握できる

 

24 :2016/01/27(水) 23:02:48.42

>>19
ほんの10年くらいの間にこれだけの選手を輩出した
清商と大滝監督はすごいもんやのう

風間父が在学の頃は鉄拳制裁常習やったらしいがw

 

25 :2016/01/28(木) 00:58:24.57

>>19
そのあたりだと、あと興津とか田中誠とか。

 

3 :2016/01/27(水) 20:58:21.07

カズ以降のこういうやめ時の解らないおっさんをなんとかしてもらいたい

 

8 :2016/01/27(水) 21:07:20.33

>>3
とことんやるのも一つだろ。中田ヒデみたいに逃げるように辞めて偉そうに解説してる方が印象悪いよ。

 

4 :2016/01/27(水) 21:01:29.64

ノウカツ頑張れ
引退したら多分、寂しく思うわ
あの時代の人らが頑張ってるとやっぱり嬉しいもんだ

 

17 :2016/01/27(水) 21:54:33.31

>>4
うん
本当に日本サッカーに僅かな光を照らし始めてくれた人たちだもんな

 

14 :2016/01/27(水) 21:26:28.13

頑張って欲しいという気持ちもある反面、こういう貴重な経験積んだ人ほど
早く指導者として還元して欲しい気持ちも有る。
日本代表と言う活動においてこの人ほどギリギリの経験した人も居ないだろう。

 

18 :2016/01/27(水) 21:58:17.23

>>14
それはそれでまた別のレジェンドがやってくれればいい
高木や長谷川なんかそうなりつつあるんじゃないか?
いろんな形で還元してくれたらいいよ

 

23 :2016/01/27(水) 22:44:39.70

>>14
だな
エスパルスの克己さんも50になって初めてJ1でエスパルス監督やったがもう出遅れだもんなw
健太みたいに40くらいで失敗して数年後ガンバで成功みたいなのが理想的か

 

http://ux.nu/BMEaE